なつかしの庭

実家の周辺が、どんどん変わります。バス停の近くに素敵な家がありました。庭にシャクナゲの木があって、いつも綺麗にされていました。母の女学校時代の先輩、という人でした。
ある日、その方がゴミを出そうとしていらしゃいます。私は思わず「お持ちしますか」と、いいました。するとその方は「自分のゴミを自分で出せなくなったらおしまい」と、おっしゃいました。
恐縮しました。ご老人がなにも出来ないだろうと思っている、言い換えれば、軽く見ているだろう、と見透かされた気がして。いつもきちんとワンピースを着て、髪も整えていらっしゃいました。
なんでもご主人を介護している、という噂もありました。ある日「」あなた、xxサンね」と、母の旧姓で呼ばれました。「お鼻のあたりがそっくりよ」と。母に話すと、「嫌だ—」だって、こっちも。
しばらくして、その方が亡くなった、と聞きました。姿をみないな、と思っていた矢さきでした。庭に倒れていらして、お隣のかたが見つけると「そのままにして」と、言われたそうです。
そして、病院にも行くことなくお亡くなりになった、と聞きました。あの方らしい、と思いました。病院でベッドに繋がれるより、庭に抱かれて死にたい、と思われたのでしょう。
いまでも、バス停に行くたび、その方を思い出します。庭は、どんどん荒れてきました。
でもシャクナゲは咲きます。草一本なかった庭に姫ジオンが咲きました。雑草ですが、清楚なその姿はあの方のようです。どうぞ、あちらでゆっくりお休みください。生理前の腰痛。