葛の花

夏の終わり、山と海の境の国道は、なんとなくさびしい感じです。こんもりした雑草の山にも「もうすぐ枯れる予感」がします。「予感」って、体験からくるものなのか、それとも全く違うところから降りてくるものなのか、どうでしょう。
てなこと考えて生い茂った草を見ていると、なにやら紫の房があちこちに。野生のブドウのようにところどころで、キラキラと。ああ、葛の花です。それは葛の葉で区別できます。葛の葉は、裏が白くて「葛の葉裏」という古語もありますから。
もう、葛の花の季節になったのですね。「葛の花踏みしだかれて色新し この山道を行きし人あり」釈超空、という名歌があるくらい、人里離れた処に咲く雑草です。勢いが強くて、ま、嫌われ者の雑草ですが、花は、本当に風情があります。
「踏みしだかれて」というフレーズが、高校生のころハッとして、ずーとこの季節になると思い出します。何気なく踏みつけて花を傷めて、本人は気づかなくても、その跡はくっきりと残る。それを、後から来た人は、頼りにするのでしょう。
でも「人の身にかっと日当たる葛の花」飯島晴子、となると、どう解釈していいのか、難しい。前の歌を本歌取りすれば、葛の花を踏みつけた人の罪が白日の下にさらされる、ということかな、まさかね。「白日」を「かっと日当たる」とするところ、すごいです。
「これ着るとフクロウが啼くめくら縞」など、飯島晴子は、すごい表現します。読む価値あり、の俳人です。